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壺坂寺・岡寺・長谷寺・法起院・興福寺南円堂

前回からはじまった「西国三十三観音と戦国武将」シリーズ。
第二回目の今回は、第六番~第九番、奈良・大和路編です。


第六番 壺坂山南法華寺(壺坂寺)
006壺坂寺

こちらのお寺さんもおそらく南法華寺さんと呼ぶ方はレア、壺坂寺と呼ばれる方が多いのではと思います。
広い境内にたくさんの建物、でっかい涅槃像等、ギミック満載です。灌頂堂には豊臣秀長・本多俊政像もあったりします。


第七番 岡寺
007岡寺

江戸時代までは興福寺の、江戸時代以降は長谷寺の末寺だそうです。


第八番 豊山長谷寺
008長谷寺

おなじみ初瀬詣でのお寺さん。豊山派総本山です。
秀吉さんの紀州攻めにより根来寺を追われた僧侶によって大成されたとのこと。その後、秀長さんにより本堂再興。
五重塔南にある三重塔(今は址碑と礎石のみ)は秀頼寄進によるものだそうです。


番外 法起院
B01法起院


第九番 興福寺南円堂
009興福寺南円堂

興福寺や春日大社が藤原氏ゆかりの寺社ですから、関白・太閤さんの所縁も深くなるのでしょうか。
しかし、このエリアの戦国と言えば、やっぱり松永久秀さんでしょうか、多聞城築城、大仏殿焼討となかなかです。
そして、最期の足利将軍・義昭さんは興福寺門跡の一乗院覚慶を名乗った後、還俗し将軍さまへなったのでしたね。



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武将銅像天国B01-2
武将銅像天国

那智山青岸渡寺・紀三井寺・粉河寺・槇尾寺・葛井寺

昨年(2018年)は、草創1300年を迎えた西国三十三観音霊場めぐり。今年は、どうなるのでしょうか。
このブログでは、戦国武将ゆかりの寺社でいただける御朱印をまとめることを目的にはじめましたが、西国三十三観音のお寺さんは、戦国武将ゆかりのところも少なくないと思います。
今回からは、何回かにわたって、いただいた御朱印を載せながら、戦国武将との関係を書いていけたらと思います。
第一回目は、第1番~第5番、紀州から南河内エリアです。
ただ、いただいた御朱印はもう3年以上も前のもの。今はどういう感じになっているのかわかりません。


第一番 那智山青岸渡寺
001那智山青岸渡寺

ご存知、熊野那智大社と隣接するお寺さん。熊野那智大社とも信長さんの焼討にあったが秀吉さんにより再興。ここだけじゃありませんが、関西の古寺・古社は、こういうパターンが多いです。ちなみに、寺号は秀吉が大政所菩提のために建立した青巌寺(今の高野山・金剛峯寺)に由来するとのことです。


第二番 紀三井山金剛宝寺(紀三井寺)
002紀三井寺

おそらく、紀三井山金剛宝寺とお呼びされる方はかなりのマイノリティで、ほとんどの方は紀三井寺と呼んでるかと。
織田軍紀州攻めの際、秀吉さんが参詣されたそうです。


第三番 粉河寺
003粉河寺

こちらは、織田軍紀州攻めで炎上。あと粉河寺庭園は、戦国マンガ「へうげもの」ファミリーの上田宗箇によるものです。


第四番 槇尾山施福寺(槇尾寺)
004槇尾寺

こちらも、施福寺と呼ぶ方はマイナー、槇尾寺とよばれる方が多いのではと思います。
信長公記にも書かれていますが、信長さん側と対立し、焼き討ちにあっています。
その後、秀吉さんにより復興されているようです。


第五番 葛井寺
005葛井寺

近鉄バファローズの本拠地・藤井寺。そんなイメージはもう今は昔です。
お寺さんの西門にあたる四脚門は豊臣秀頼の寄進によるものだそうです。
またこのあたりは、大坂夏の陣の道明寺・誉田の戦いで毛利勝永が布陣したところだそうです。




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Great Nagoyan

Author:Great Nagoyan
戦国武将ゆかりのお宮さん、お寺さんを紹介します。
・武将本人をご祭神とするお宮さん
・本人・一族の菩提寺
・居城、砦、館跡に建ったお宮さん、お寺さん
・城や城下町の鎮守のお宮さん
・祈願所のお宮さん
・合戦場、本陣、首級実検にあったお寺さん 等など
同じようなコンセプトの書籍が出ていますが無関係ですし、パクったつもりもありません。でも、購入してしまったので、その影響が出てないかちょっと心配。

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