雲洞庵の土ふんだか、関興寺の味噌なめたか

雲洞庵さん、関興寺さんとも、新潟県中南部、南魚沼市にある大きな&大きなお寺さんです。
お互いの距離は直線距離なら数キロ程度、車でゆっくり行けば30分弱ってところでしょうか。
以前、上杉景勝さんと直江兼続さんの学びのお寺さんとして有名な雲洞庵さんにお詣りしましたが、どうも関興寺さんとセットでワンパックって感じのことを伺いましたので、改めてふたつのお寺さんに伺いました。

雲洞庵 
雲洞庵2

「日本一の庵寺・越後一の寺」と謳っているとおり、見事なお庭に立派な参道、でっかいお堂、客殿からは天地人コンビゆかりの坂戸城をのぞむことができます。
赤門から本堂へつづく参道の敷石の下には法華経の一文字一文字が書かれており、その石畳を踏むだけで仏さまの功徳があるとされることから「雲洞庵の土ふんだか」といわれるようになったとのことです。

関興寺 
関興寺

雲洞庵さんから、車で30分弱西の関興寺さん。
もともと昔から、曹洞宗の雲洞庵さんと、臨済宗の関興寺さんが「二大禅道場」として評され、この地方に君臨していたそうです。
そして、謙信公亡き後、家督争いが起ったいわゆる「御館の乱」の中、総門・三門・仏殿など焼失してしまったものの、その戦火の中、数百巻にわたる経典が、和尚さまの機転により、味噌桶の中に隠し守られたというお話があるそうです。
で、その経典を守った有難いお味噌をいただかないと関興寺さんにお詣りにいった甲斐がないということから、「関興寺の味噌なめたか」という言葉ができたそうです。

「土ふんだか」か「味噌なめたか」のどちらが先かよくわかりませんが、御朱印みても、どちらかが寄せているとみて間違いないでしょう。
でもコンビでいただけて、非常に満足しています。



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越後高田 榊神社

榊神社さんは、新潟県西部、上越市にあります高田城址・高田公園近くにあるお宮さんです。
高田藩の藩主・榊原家の初代当主であり、徳川四天王のひとり・榊原康政さんをお祀りしています。
といっても、康政さんがこの越後高田で何かしたというわけではないようです。
お宮さん自身も明治の世になってからというわけですし、うーん、何のために出来たお宮さんなんでしょうかね。。。

越後高田 榊神社 
高田榊神社

上越市といえば、謙信公の春日山城なのでしょうが、あちらはもう少し日本海側というか、北の方の直江津中心という感じでしょうか。
高田は同じ上越市でも少し文化が違うような気がします。
春日山城に伺う時は、セットで高田城にも行き、そのついでに大体、榊神社にもよっていたのですが、3回目にしてようやく御朱印をいただけました。
今年(2017年)夏のナンバーワンヒット映画「関ヶ原」や大河ドラマ「おんな城主・直虎」で大活躍の井伊直政に比べ、同じ四天王でも、全然活躍できませんでした、榊原康政さん。
去年(2016年)の大河・真田丸でも記憶がありませんが、関ヶ原では秀忠軍に帯同、家康さんとの和解にひと役買ったというのが康政さんの代表的な逸話のひとつでしょうか。。。

映画「関ヶ原」、、、まだ興業ランキング1位なんでしょうかね。。。
映画の評論家だけでなく、戦国知識人や司馬遼太郎さんファンの意見を聞いてみたいです。




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与板 直江家開基 徳昌寺

徳昌寺さんは、新潟県長岡市の与板地区にあるお寺さんで、商店街風の道から一本奥に入ったところにあります。
ちょっとした街あるあるなんですが、正直、この規模の町にあるにしては、なかなかのお寺さんです。
雰囲気ある石段参道、立派なお堂、それでいて人が少なすぎる現実、、、
良寛さまゆかりのお寺さんだったり、江戸時代には有栖川宮祈願所であったりと、かなりスペックが高いところですが、何でこんなに人が居ないのだろうって感じです。

与板 直江家開基 徳昌寺 
与板徳昌寺

お寺さんは直江兼続の義理の曽祖父が開基とか、そんなこともあり、兼続さんも含めた直江家の菩提寺であったりします。
兼続さんの米沢移封後は廃れたそうですが、江戸時代中期・米沢では上杉鷹山公のころになって再興したとのことです。

与板は兼続さんが直江信綱さんの死後、信綱の妻おせんを娶り直江家を継ぎ、与板城主となったところ。ここも若き兼続さんゆかりの地というわけです。
近くの与板歴史民俗資料館(兼続お船ミュージアム)には、兼続さんゆかりの資料だけでなく、彼の銅像が建っていたりします。
しかし、残念ながら、この銅像、かなりのベテラン感に溢れており、大河ドラマ「天地人」の妻夫木さんのイメージはまったくありません、あしからず。。。



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越後栃尾 常安寺

常安寺さんは、新潟県長岡市の栃尾地区、栃尾城の麓にあるお寺さんです。
栃尾は謙信公が長尾景虎のころに旗揚げした、いわば「青年・謙信」ゆかりの地で、このお寺さんは謙信公が開基だそうです。
あとでわかったことですが、お寺さんには謙信公の兜の前立て=飯縄権現の前立もあったとのこと、見逃してしまいました。残念。

越後栃尾 常安寺 
栃尾秋葉大権現常安寺

お寺さんのご本堂の横、栃尾城方面への石段を登りきると秋葉神社さんが見えます。
お寺さんとお宮さんの関係はよくわかりませんが、御朱印に秋葉大権現とあったり、境内に秋葉さんのお祭りの幟が見えたりと、神仏分離令が発布されようが、切っても切れない関係であることは一目瞭然。
また、秋葉神社のところは、秋葉公園となっており、謙信公の銅像もあったりします。
謙信公の銅像と言えば、川中島八幡原の信玄・謙信一騎打ち像や春日山神社の銅像など銘作揃い。
ただ、ここの銅像、若き謙信のイメージとはほど遠い、ジャバ・ザ・ハット風の法衣姿・謙信公というのが、ちょっとだけ残念かもです。。。




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越後一の禅寺 日本一の庵寺 雲洞庵

雲洞庵は、新潟県中南部、南魚沼市雲洞にある大きな大きなお寺さんです。
広い境内には、立派な本堂はじめ、何だかスンゴイお堂がたくさん、駐車場から拝観入口を抜け厳かな門をくぐると雰囲気ある参道がなかなか味わい深いです。
元々は奈良時代に藤原北家の尼僧院として建立されたとのことですが、戦国時代には、このお寺さんに近い坂戸城より、喜平次こと若き上杉景勝と、与六こと若き直江兼続がこのお寺さんで手習いをうけたとのことです。

越後一の禅寺 日本一の庵寺 雲洞庵 
越後雲洞庵

お堂や仏様、お庭もまた立派なんですが、コチラの宝物殿もまたスゴイことになってます。
涅槃図や達磨図など仏教的武術品だけでなく、直江兼続による禁制や武田信玄・勝頼、上杉景勝の書簡など戦国武将のお宝もいっぱいです。
実はこちらのお寺さん、お伺いする予定なく、たまたま坂戸城近くの銭渕公園にある「直江兼続公伝世館」の方にすすめられていったのでした。「直江兼続公伝世館」でお話伺ったのが午後4時前だったので、間に合うか不安でしたが、何とか大丈夫でした。
後でわかったのですが、この六日町エリアは、大河ドラマの効果もあってか、直江兼続さんをはじめ、戦国武将像が街のあちらこちらにある戦国観光地区とのこと。
また、雲洞庵さんだけでなく、名刹・古刹もいくつかあるとのことで、こうして、また再び行かなければいけない街が増えました。




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Author:Great Nagoyan
戦国武将ゆかりのお宮さん、お寺さんを紹介します。
・武将本人をご祭神とするお宮さん
・本人・一族の菩提寺
・居城、砦、館跡に建ったお宮さん、お寺さん
・城や城下町の鎮守のお宮さん
・祈願所のお宮さん
・合戦場、本陣、首級実検にあったお寺さん 等など
同じようなコンセプトの書籍が出ていますが無関係ですし、パクったつもりもありません。でも、購入してしまったので、その影響が出てないかちょっと心配。

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