知多東浦 乾坤院

乾坤院(けんこんいん)さんは、愛知県南西部、知多半島の根っこのちょい東側、東浦町にありますお寺さんです。
織田・松平・徳川さんにゆかり深い水野氏の居城・緒川城の守護として建てられたとのことですが、今は、徳川家康の生母・於大の方ゆかりの寺として推しているよう。隣接の公園の名前は「於大公園」、そういうことです。


知多東浦 乾坤院 
乾坤院

お寺さんの山号は「宇宙山」。
御朱印いただくときに、玄関先で流れていた音楽はYMO「サーカスのテーマ」からの「ファイアー・クラッカー」、なかなかのファンタジー加減です。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」の与太話展開はまだ止まぬようですが、楽しみは、於大の方を誰が演じて、家康と築山殿とどう絡むか、これくらいでしょうか。
内野聖陽さん、安倍サダヲさんと連続してオモシロキャストとなった家康公。
もうカッコイイ大御所さまのイメージは無理ですね。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国

スポンサーサイト

八事山 興正寺

興正寺さんは、名古屋市東部、昭和区の東の端、八事にあります五重塔で(名古屋市民には)有名なお寺さんです。
昔から月に何度か境内にお店・朝市がでてましたが、知らないうちに「興正寺マルシェ」などと呼ばれている(呼んでいる?)ようです。
尾張徳川家の祈願所としてその歴史も古く、また、数々のトップアスリートを輩出している中京大学はお寺さんと隣接しているだけでなく、学園の運営に深く関わっています。
この八事あたりは、お寺さんだけでなく、教会があったり、中京大学だけでなく、数々の名古屋の老舗大学が密集しているという、ちょっとした文化地区であったりもするわけです。

八事山 興正寺 
八事山興正寺


実は、八事は昔、私がいたトコロ。
昔は市電の終着駅。火葬場&お墓とジャスコと大学と興正寺しか無く、名古屋まつりの花電車が来ただけで大騒ぎだったような。
それが、地下鉄鶴舞線の終着駅になり、かに道楽ができ、お隣の雲雀ケ丘にステーキあさくまができ、コメダ珈琲ができると大分賑やかになりましたかね。
そして、お寺さんにいったのは、何十年ぶりだろうか、、、五重塔の前に大仏さまができてました。あと、興正寺公園の富士山滑り台が無くなってました。名古屋の公園に「富士山滑り台」が無くてどうするんだと心の中で叫んだのはどうでもイイコト。

そういえば、興正寺さんもちょっと前にスキャンダラスなことありましたかね。名古屋の名刹は最近事件が多いです。
噂の高野山からの派遣プレハブ本堂は、まだありましたよ。
高野山に戻るにせよ、単立寺院になるにせよ、早く決着してもらいたいです。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国




尾張藩祖 御廟所 定光寺

名古屋の中心街より北東へいった瀬戸市にありますお寺さんです。
自分のイメージでは春日井市だと思っていたのですが、どうも最寄りの定光寺駅は春日井市で、お寺さんは瀬戸市になるようです。
お寺さん周辺は非常に雰囲気もあり、桜の季節や紅葉の季節には、それは見事とのこと。
本堂の横から奥に入ると、徳川家康の九男にして、尾張徳川家の初代・徳川義直の御廟があります。
これもまた、なかなかイイ感じだったりします。

尾張藩祖 御廟所 定光寺 
定光寺

私が参詣したこの日はもうすでに桜が終わっていたようですが、けっこう人がいました。
それも駅から数十分かけて歩いてくる方も多いようです。
私自身は車で行ったのですが、結構な坂ですので、大変だと思いました。

そして、残念ながら定光寺は、愛知県へ無断で土地開発しちゃうというニュースでとりあげられちゃってましたね。
で、その前に話題になったのが、定光寺駅前の廃墟ホテル。。。

なかなか、シンドイ話題が続きます、ハイ。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国

建中寺

建中寺さんは、名古屋市東区にあるお寺さん、尾張徳川家の菩提寺です。
名古屋市東区とはいっても、位置的にはほぼ中央のイメージ、名東区といった名前がおもいっきりダブった区の方が東となってます。
このあたりは、尾張藩のお侍さんの街なんでしょうか、歩いて10数分のところ、その名も徳川町には、徳川美術館、徳川園、蓬左文庫がある、尾張徳川スペシャルタウンになってます。
お寺さんの近くは、東海地区有数の進学校もあり、名古屋の文化エリアの象徴です。
山門や本堂も大きく、境内も広くて立派、ただ、御廟は囲いで覆われていて、周りからは見えないようになってます。

建中寺 
建中寺

近くの徳川美術館には、刀剣や甲冑だけでなく、茶碗・茶器、お姫様の嫁入道具や源氏物語絵巻など、なかなか見どころいっぱいのところかと思います。
私個人的には、三方ケ原のしかみ像や豊国祭礼図屏風が見たかったのですが、私がこの前行ったときは、展示されませんでした。どうも、常設展示ではない模様です、残念。

名古屋市東区もおそらく、できた頃は東だったんでしょう。
最近では、謎の地名となった北名古屋市(旧師勝町、西春町)が名古屋との合併をのぞんでいるとのこと。
今の名古屋市北区はまさに名古屋の北部なんですが、師勝も西春も名古屋になったら「名北区」とでもなるんでしょうか。。。




御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国


三河岡崎 大樹寺・岡崎城龍城神社 【(勝手に)御朱印de桶狭間の戦い・番外】

愛知県中央部・岡崎、徳川・松平&八丁味噌の本拠地のお寺さん&お宮さんです。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」では、桶狭間の戦いはアッというまに終わってしまい、三河のぼんやり・元康殿もスンナリ岡崎城に戻れてしまいました。
真相はわからず、諸説あると思いますが、元康・岡崎戻るの巻は、結構、ヒリヒリしたものと言われています。

桶狭間の戦い直前に、大高城に兵糧入れを成功させた元康さま御一行、義元が織田軍に急襲されたとの知らせを受けてもそれを信じず、今川本隊が来るのを待つことにしたそうです。
待てど暮らせど、本隊はやってこない、、物見をやらせると桶狭間で今川の兵がやられているとのこと、ココで焦らず、城に残っていると、夜中に織田側になっていた叔父の水野信元の家臣が使者としてやってきて、三河に戻った方がよいとのアドバイスを受け、ようやく、三河岡崎の大樹寺へ入ったとのことです。
大樹寺に入り、松平の先祖の前で自害を決意するも、住職に説かれ乱世を終わらせることを決意する~なんてのが、彼の伝説ですが、この家康得意の「死を決意する」ってのが、彼のドラマを盛り上げる要素のひとつ。
決して「戻ってこれたのお~」で終るだけじゃないはず!

岡崎城 岡崎東照宮 龍城神社 
龍城神社

岡崎城天守横に御鎮座されている龍城神社は、東照大権現さまこと徳川家康や四天王のひとり・本多忠勝をお祀りしています。

三河岡崎 大樹寺 
大樹寺

「厭離穢土 欣求浄土」を書く人が違うと大分、印象が変わります。

三河大樹寺2

岡崎城より数キロの大樹寺さんは松平家・徳川家の菩提寺で、歴代徳川将軍の等身大のご位牌で有名です。

徳川家康出生の地とはいえ、彼は岡崎にどのくらい居たんでしょうかね。
幼少のころは、ずっと人質生活だったろうし、今川潰れてからは浜松のイメージ、幕府作ってすぐは駿府、岡崎は結局、出生の地だけってことなんか?
でも、家康の銅像、けっこうたくさんあるイメージだけど、岡崎。。。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村

プロフィール

Great Nagoyan

Author:Great Nagoyan
戦国武将ゆかりのお宮さん、お寺さんを紹介します。
・武将本人をご祭神とするお宮さん
・本人・一族の菩提寺
・居城、砦、館跡に建ったお宮さん、お寺さん
・城や城下町の鎮守のお宮さん
・祈願所のお宮さん
・合戦場、本陣、首級実検にあったお寺さん 等など
同じようなコンセプトの書籍が出ていますが無関係ですし、パクったつもりもありません。でも、購入してしまったので、その影響が出てないかちょっと心配。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR