近江國 長濱八幡宮・近江長浜 豊国神社

長濱八幡宮さんは、滋賀県でも湖東エリアの長浜市、観光偏差値がかなり高いと思いますが、その中心となる商店街からは少し離れたところにある八幡宮さんです。
その商店街のさらに中心には、黒壁スクエアとともに曳山博物館がありますが、その曳山祭りを行うのが、この長濱八幡宮さんとなります。

長濱八幡宮 
長濱八幡宮

長浜には何度か足を運んだことがありましたが、この八幡宮さんへのお参りは初めて。
この緑のお社の印がカッコイイです。
秀吉さんの庇護も厚く、ゆかりも深いとのことですが、外観からは正直、何もわかりませんでした。

近江長浜 豊国神社 
近江長浜豊国神社

長浜+秀吉さん、とくれば、豊国神社さんでしょうか。
お宮さんの境内には加藤清正像も見えますが、御朱印で特別に熊本地震被害支援をするとかいう話は無さそう。
まあ、でも近くの長浜城では、それらしいのも見えたような気がしましたが、、、

豊国さんの御朱印は、京都、大阪城、尾張中村、安芸宮島でもらえますが、どこも素晴らしくキレイな字。ですが、大変失礼ながら、近江長浜は少しだけ事情が違うよう。

過去は、、、
豊国神社(長浜)1

豊国神社(長浜)2

もう、いっそのこと、文字は“奉拝”だけにすればいいのに、、、



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大阪城 豊国神社 【(勝手に)御朱印de大坂の陣】

全国に6~10くらいある日本三名城のひとつ、大阪城の天守閣南に御鎮座するお宮さん、立派な秀吉像で有名です。
テレビ番組でよく見る秀吉公のイメージ映像は、このお宮さんにある銅像のものがほとんどかと。
大阪城公園の敷地はホントに広く、かつ思ったより坂が多く、アップダウンに富んでいる印象です。
昼間の公園内は相変わらず、外国人がいっぱいですが、以前に比べ、神社の拝殿まできて、パシパシャ撮影するような輩はあまりいなくなったような気がします。

大阪城 豊国神社 
豊国神社(大阪城)3

夜は大坂の陣のイベントがやっていたようですが、何となく気が引けたので、行きませんでした。
「大坂」がこざとへんの「大阪」に変わったのは、いつからなんでしょうかね?
少なくとも大坂の陣の際までは「大坂城」だったわけでしょうから、豊国さんの名前も「大阪城」でなく「大坂城」にならないのかな。
せめて、御朱印だけでもそうならないか、今度、お参りした際、伺ってみたいと思います。
それで、ワタクシの(勝手に)御朱印de大坂の陣シリーズも終了かなと思います。



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豊国廟・新日吉神宮 【(勝手に)大坂の陣・番外】

豊国大明神こと秀吉公が眠る豊国廟は、日本の首都・京都のスーパー観光地=三十三間堂・京都国立博物館前を東に智積院まで突き当たり、少し北に上ったところが参道口になります。
参道の坂道の脇には女子大学があり、その向こうが新日吉神宮になります。
豊国廟は、石段が400段弱、下から見上げると、先が本当に見えません。
ホントにそのまま天国まで行ってしまいそうな気になってしまいます。
登り切ったところで、京都の景色が一望できるというわけでもないので、そういうのを楽しむ人向きではないですが、スーパー観光地の人ごみにやられてしまっている方や静かなところを好む方、ただただ石段が好きな方、ちょっとした運動不足を解消したい方には良い選択かと思います。

豊国廟 
豊国廟2

以前、いただいた時は、ベージュというか、薄い黄色でしたが、、、

豊国廟

これも年や月によって異なるのか、実際、何色くらいあるのでしょうかね。。。
さらに「豊國廟」から「豊國神廟」になってるし、、、

大坂夏の陣が終わり、豊臣家が滅亡すると、徳川方は豊国廟の破却をはじめ、ひどい命を下します。
豊国神社の破却・社領の召し上げ・豊国大明神の神号の剥奪&かわりに仏教の戒名付与・廟の掘り起し&方広寺への供養替えetc、、、
豊国廟が甦ったのは明治になってからということ、そのあいだは手つかずの荒れ放題だったということでしょうか。
その破却に(?)協力的だったのが、妙法院さんとのこと。
方広寺や大仏殿の所属や、豊国神社などの秀吉公の遺品の入手もそういうことなのか。。。
まあ、言い方を変えれば、それを守ってきたともいえる(でも、大仏はもうない)わけで、何ともね、、、、

新日吉神宮 
新日吉神宮

妙法院さんは、元々比叡山の御坊が起源だけあって、その守護のお宮さんは日吉社さん。
大坂の陣の後の豊国社の破却の流れで、その参道を塞ぐカタチで新日吉社は造営遷座されたようです。
という話もあれば、摂社樹下社にひそかに秀吉公を祀ったという話もあり、何だか複雑です。
まあ、正直、真偽はよくわかりませんが、大坂の陣の後の徳川家のやり方は、なかなかの陰湿さだったってのはわかりました。
明治維新後の各地東照宮の扱いはどうだったんだろう?



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京都豊国神社 【(勝手に)御朱印de大坂の陣・番外】

太閤さんこと豊国大明神をお祀りするお宮さん。
三十三間堂や京都国立博物館が近くにある、ここも京都のスーパー観光地のひとつです。
近くにある交番が「大仏前交番」なんてあるので、京都にも地名だけは「大仏」が残っているのでしょうか。

京都豊国神社 
豊国神社(京都)3

以前、いただいたものには、中央の「関白」が「豊国大明神」になっているものをいただいてました。
どういう時に「豊国大明神」になるのか、、、

豊国神社(京都)1

大坂夏の陣が終わり、豊臣家が滅亡すると、徳川方は豊国廟の破却をはじめ、ひどい命を下します。
豊国神社の破却・社領の召し上げ・豊国大明神の神号の剥奪&かわりに仏教の戒名付与・廟の掘り起し&方広寺への供養替えetc、、、
かなりヒドイ、陰湿な仕打ちでありますが、この状態が、明治の世になるまで続くというのが、歴史というのは、やっぱり勝者のものなんだというのを感じさせるとともに、諸行無常・盛者必衰をヒシヒシと感じまする。
結局、徳川も下剋上で生まれたものですか。



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豊国廟

京都豊国神社からちょっと離れた場所、女子大学の奥の方にあります。
入山料を払い、階段下から上を見上げた時は、これ登ったら天国まで行けそうな、そんな気がしました。

豊国廟
豊国廟

石段好きにはたまらない石段が待ってます。
阿弥陀ヶ峰山頂までイッキに石段が続くわけでなく一度、踊り場がありますので、中休みにはちょうどいいかと。
でも、日本一の出世男の御廟にしては、ちょっとさびしすぎるかな。
もう少し盛り上げてやってもよいかと思います。
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Great Nagoyan

Author:Great Nagoyan
戦国武将ゆかりのお宮さん、お寺さんを紹介します。
・武将本人をご祭神とするお宮さん
・本人・一族の菩提寺
・居城、砦、館跡に建ったお宮さん、お寺さん
・城や城下町の鎮守のお宮さん
・祈願所のお宮さん
・合戦場、本陣、首級実検にあったお寺さん 等など
同じようなコンセプトの書籍が出ていますが無関係ですし、パクったつもりもありません。でも、購入してしまったので、その影響が出てないかちょっと心配。

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