瀬戸 深川神社

深川神社さんは、愛知県西部、「やきもの」もとい「せともの」の街・瀬戸市の中心地にあるお宮さんです。
せとものの街のお宮さんらしく、社殿の屋根が青織部だったり、鳥居の一部にやきものが入っていたりと、せとものの街の象徴となってます。
極めつけは、陶祖・藤四郎作の陶器で出来た狛犬、これはスゴイことになってます。
あと、境内の奥の方には、これまた陶器で出来た切支丹灯篭=織部灯篭(古田織部形模造)もありますが、これはどうも江戸後期に作られたとのこと、しかしながら、陶器で出来た切支丹灯篭は珍しいようです。
東隣には、陶祖・加藤景正(藤四郎)をお祀りした陶彦社もあり、最初から最後まで“せともの”づくしでした。

瀬戸 深川神社 
深川神社

神社にまつわるお話としては、信長公が鷹狩の際に参拝したときに、斎藤龍興の刺客に襲われそうになったときに、宮司の機転で難を逃れたというお話もあるようです。

名古屋市の近隣の市町村は、おおよそ自身の出身を紹介するとき、「名古屋のとなりの~」とか「名古屋の近くの~」といいがちらしいですが、イチロー選手の豊山町と瀬戸市の方はどうも、違うようです。
それだけ「せともの」プライドが高いというわけだと思いますが、イイと思います。
師勝町と西春町が合併した「北名古屋市」はホントにネーミングセンスとプライドが無さすぎる、「西東京」の次くらいだな、、、
何だ?「西東京」って ----- 「東の京のその西」って、、、誰も反対しなかったのかね。。。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国



スポンサーサイト

江南飛保 曼荼羅寺

曼荼羅寺さんは、愛知県の西部、名古屋の北側=江南市にあるお寺さんです。
広い境内、立派なお堂、たくさんの塔頭の巨大寺院ですが、ちょうど今ごろ(4月終わり~5月初頭)は、藤の花の時期、お寺さん中心に行われる藤まつりで、毎年エライことになっているようです。
私の行った去年の夏も、お寺さんの曼荼羅寺公園では、エライ人が多かったです。
それは、ポケモンGOのスポットだったからとのこと。
そういえば、このごろ、街でポケモンやっている人は、もう見なくなりましたね。

江南飛保 曼荼羅寺 
江南曼荼羅寺

曼荼羅寺常照院 
江南曼荼羅寺常照院2

曼荼羅寺のご正堂は、木下藤吉郎の相棒・蜂須賀小六の嫡子・家政の支援によって建てられたものとのこと。
家政も小六だから正勝の子と言った方がイイですかね。。。
何でも、こちらのお寺さんで手習いしていたご縁でということです。
蜂須賀家政さん、徳島藩祖にして、阿波踊りをさせたのも彼とか。
この地方出身の加藤清正や山内一豊などは大河ドラマになったり、地元の雄として銅像になったりしてますが、家政さんは、どうなんでしょう、銅像とかなってんのかな?歴史資料館とかに肖像画つきで紹介されてるかな、、、心配です。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国


建中寺

建中寺さんは、名古屋市東区にあるお寺さん、尾張徳川家の菩提寺です。
名古屋市東区とはいっても、位置的にはほぼ中央のイメージ、名東区といった名前がおもいっきりダブった区の方が東となってます。
このあたりは、尾張藩のお侍さんの街なんでしょうか、歩いて10数分のところ、その名も徳川町には、徳川美術館、徳川園、蓬左文庫がある、尾張徳川スペシャルタウンになってます。
お寺さんの近くは、東海地区有数の進学校もあり、名古屋の文化エリアの象徴です。
山門や本堂も大きく、境内も広くて立派、ただ、御廟は囲いで覆われていて、周りからは見えないようになってます。

建中寺 
建中寺

近くの徳川美術館には、刀剣や甲冑だけでなく、茶碗・茶器、お姫様の嫁入道具や源氏物語絵巻など、なかなか見どころいっぱいのところかと思います。
私個人的には、三方ケ原のしかみ像や豊国祭礼図屏風が見たかったのですが、私がこの前行ったときは、展示されませんでした。どうも、常設展示ではない模様です、残念。

名古屋市東区もおそらく、できた頃は東だったんでしょう。
最近では、謎の地名となった北名古屋市(旧師勝町、西春町)が名古屋との合併をのぞんでいるとのこと。
今の名古屋市北区はまさに名古屋の北部なんですが、師勝も西春も名古屋になったら「名北区」とでもなるんでしょうか。。。




御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国


東三河牛久保 長谷寺

長谷寺さんは、愛知県の最東部、豊川市牛久保町にあるお寺さん、JR飯田線牛久保駅から徒歩数分のところにあります。
境内には武田家軍師・風林火山の山本勘助のお墓があったり、勘助の念持仏・摩利支天像もあったりします。
この摩利支天像、思ってたよりホントに小さいです。都ことばで言うと「ちっさい・ちっさい」もしくは「ちっさい・ちーさい」です。
武将のレベルが違うかもですが、家康公の念持仏・白本尊や謙信公の毘沙門天などと比べても、ホントに小さい、ガイドでは5.5cmとのこと。でも、このサイズの方が、念持仏としては、より現実的・リアルな感じがいたします。なかなかお目にかかることが難しい戦国武将の念持仏ですが、だいたいいつも、お堂の中で拝観できますので一見の価値ありかと思います。

東三河牛久保 長谷寺 
牛久保長谷寺

この牛久保の地には、桶狭間の戦いで討たれた今川義元公の銅塚がある大聖寺さんがあったり、松平元康が今川との独立を明確にした牛久保城など、なかなかの戦国名所ポイントでもあったりします。

私は名古屋に住んでおり、同じ愛知県内ではありますが、何か物理的だけでない距離感を感じたりします。
最近では「三遠南信」なる言葉があり、長野県南部はよくわかりませんが、東三河と遠州は名古屋のそれよりも文化的に近いのかもしれませんね。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国


西美濃 今須 妙応寺

岐阜県南西部、関ヶ原町にあるお寺さんです。
関ヶ原といっても、この今須は、合戦場より少し西にいったところ、もうすぐ滋賀県の米原です。
お寺さんは、広い境内・大きなお堂で、東海薬師霊場や西美濃三十三観音霊場の札所になっています。

西美濃 今須 妙応寺 
妙応寺

今須は戦国時代を経て、豊臣蔵入地となり、古田織部が、その後は石田三成が代官となったところ。
また、お寺さん近くの青坂神社には、関ヶ原の合戦に勝利した後に佐和山城へ向かう際に、一休みし、家康が腰かけたといわれる「家康の腰掛石」があったりと、戦国好きにはなかなか見逃せないエリアかと思います。
関ヶ原合戦場観光を終えて、一足伸ばして米原・彦根・佐和山・長浜へ向かう方は、ちょっと一服するのにいいかもです。



御朱印 ブログランキングへ


神社・お寺巡り ブログランキングへ


戦国時代 ブログランキングへ


にほんブログ村


にほんブログ村


こちらもよろしくです。
武将銅像天国




プロフィール

Great Nagoyan

Author:Great Nagoyan
戦国武将ゆかりのお宮さん、お寺さんを紹介します。
・武将本人をご祭神とするお宮さん
・本人・一族の菩提寺
・居城、砦、館跡に建ったお宮さん、お寺さん
・城や城下町の鎮守のお宮さん
・祈願所のお宮さん
・合戦場、本陣、首級実検にあったお寺さん 等など
同じようなコンセプトの書籍が出ていますが無関係ですし、パクったつもりもありません。でも、購入してしまったので、その影響が出てないかちょっと心配。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR